

戸蔦別川
これ以上,開発局の横暴を許すな!
北海道十勝川に合流する札内川支流戸蔦別川は最上流部を除いて原始河川が失われつつあります!
これ以上戸蔦別川の破壊を見過ごす訳にはいきません!

工事中4号堰堤と
付替え道路橋

これまでの経過
戸蔦別川の現状
開発局直轄事業による1970年代の砂防堰堤建設計画立案以来、わずか40kmの戸蔦別川には既に7基の砂防ダム・堰堤、15基の床固工そして2基の流木止め工が造られ、今後更に2基の堰堤、7基の床固工そして5号堰堤の嵩上げが計画され、さらに幅178mの流木止め工が5号堰堤下流位置に予定されています。
今後の3号、9号の堰堤は現在建設中の4号堰堤と同レベルとされています。
これでは戸蔦別川はダムで覆いつくされしまうだろう。
戸蔦別川
4号巨大砂防堰堤
2021年10月24日の撮影
建設部は言う!このダムで上流に堆積している土砂の内、「30万㎥を止めるのだ」。そして、これではまだ止め足りないので、この4号と同規模のものを、「下流に後2基造るのだ」と宣う!

戸蔦別川4号砂防堰堤
ドローン映 像 ( 菅原氏撮影 2021.8.29 )

2022.6.17 撮影


4号ダム下流から望む
初冬の戸蔦別とAカール


4号堰堤と付替林道の破壊状況

最上流にある8号砂防堰堤
幅82m 高さ21.1m
埋め込まれている銘板には8号砂防ダムと書かれている。
このダムから上流の堆積土砂はここで全て止められることになる。
8号砂防ダムの上流側の堆積土砂の有様
このダムには、まだまだ空きがある!



右岸側からの戸蔦別川2号砂防堰堤
スリット部の上流側の土砂は流出し、その脇には土砂が堆積しているのが良く分かります。
戸蔦別川第1号砂防堰堤
全幅304mの現在スリット化進行中で戸蔦別川で唯一魚道を持つ堰堤です。


スリット化一か所でストップした1号堰堤
2022年度スリット化分
赤色部分が新設個所です。すぐ横が既設部分です。一番左岸側の一か所は来年度の予定です。

平面図

5号スリット堰堤
嵩上げは不要である!
スリット化の方針は2007年に改訂された「砂防基本計画策定指針(土石流・流木対策編)」に始まる。 道内のスリットダムの実績が少ない中で嵩上げ計画が進んでいる。そもそも、2016年のあの10号大風の時でさえ水量は越流部の範囲内で収まっているのに、どうして嵩上げしなければならないのか、何故堆積土砂を取り除かないのか! 建設部の答えは、「浚渫することは、過去からの計画に含まれていないからです」。返答に窮したのか、まるで答えになっていないのである。嵩上げの理由をあげられないのである。 既に設計図は出来上がっている筈である。届き次第アップします。
2022.7.19 嵩上げ設計図が示されました。大きな特徴は、屈曲堰堤である事です。
これは既存の林道の壊変につながる設計を避けた、という説明です。
嵩上げの理由は、整備対象土砂量が増加したので施設効果量を24.4万㎥から56.3万㎥に増大させなければならない。その為には堰堤高を2.5m嵩上げする必要があると言う。
ここで嵩上げの根拠に用いた数値を見てみると整備対象土砂量の範囲は97k㎡としている。まずこの範囲の設定がよく分からない。次にスリット底部を上げてスリット間口を広げている事である。わざわざかん止量を増やす理由は何なのか。嵩上げの為の数字合わせにしか思えない。



上流側の堆積状況
下流側の副ダムは完全に埋没している。
帯広開発建設部治水課への質問
5号砂防堰堤の整備対象土砂量の範囲は97k㎡としているが、この面積だと8号砂防ダムまで入ってしまう。だとすれば完全不透過型である8号砂防ダムから上流の堆積土砂量を加算することは明らかに間違いである。30万㎥の堆積土砂量を見積もる建設中の4号巨大堰堤の存在を考えると更に整合性は取れないのではないか!
「1.5号砂防堰堤の改築の概要」に示された、「整備対象土砂量の増加に伴い、計画上は施設効果量を56.3万㎥に増大させる必要が生じた。」とだけあるが、その数値の根拠が示されていない。その回答を望みたい。
副ダムの平面図も提示して下さい。
十勝川の河川堤防整備状況を示して下さい。
「直轄河川堤防整備状況(令和3年3月末現在)」にある堤防必要区間(a)405.1kmに対する計画断面堤防区間(b)352.1kmの割合が86.9%になっていることの説明をお願いします。
国交省の発表によると、国が管理する河川の堤防整備率は、2018年度は68.2%とされていますが、読売新聞2022.6.30の報道によると「1級河川の堤防無し、そして不十分は3割に上り7年前とほぼ変わらず。対策急務!」と書かれています。違いがあり過ぎるが説明を求めます。

5号スリット堰堤嵩上げ平面図


正面図


戸蔦別川第2号床固工
これが開発局の不安定土砂の抑え方です。
2号砂防堰堤流木止め
2022.7.17日撮影、6.29日増水後の状況


2022.8.16 増水後の状 況
4号床固工と流木止め
7.17日撮影、6.29増水後の状況


2022.8.16 増水後の状況

戸蔦別川
6号床固工と流木止め
後方の山は十勝幌尻岳(1846m)
ポロシリ大橋から撮影
(2022.5.20)


2022.7.1 撮影
2022.6.29 の大雨により、平水時よりも約1m増水しました。この流木止めに引っかかったのは、わずか一本のみ。

2022.8.16 増水後の状況
2022.6.29
増水の様子
この場所には、2016年の台風時の大木が乗っていたが、今回の大雨で流木が交代した。



2021.8.11
の増水時の様子
画面中央奥の岩の上の流木が2016年台風で辿り着いた物です。


2022.7.9
定点観察地点の平水時

この流木はいつまで残るか!

2022.8.16増水後の様変わりした河原

2022.8.16 増水時の映像
国交省拓進雨量計15日22時から16日9時までに75㎜の降雨量

8.16
最大増水時
4㎞下流に設置されている拓進雨量計で23時間雨量が132mm記録されている。


この下流にかって
3号堰堤が
計画されていた
あわやの所でこの景観が救われた。
今度は、この地点から約2㎞上流に、その3号堰堤が
予定されている。要するに建設部にとっては、場所はどこでもいいのである。


初冬の
戸蔦別川
我が家の裏手
今後の堰堤建設個所
清水の沢合流点のすぐ上に第3号堰堤、
オピリネップ沢合流点のすぐ下に第9号堰堤(写真では黄色字の治山と書かれている個所)が予定されている。写真の左端に出ている赤白丸が私の家の印です。
![IMG_20220512_080305[1].jpg](https://static.wixstatic.com/media/74ca6a_fc880d006bfc4d0ba746e941a164ed88~mv2.jpg/v1/fill/w_600,h_450,al_c,q_80,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/IMG_20220512_080305%5B1%5D.jpg)
今後の建設計画
緑字が新設個所


北海道開発局
帯広開発建設部の
主張に反論する
彼等は、帯広市を水害から守るためには上流に堆積している不安定土砂を止めなければならない。倒木の流出を阻止しなければならない。河床の上昇を抑えなければならない。そして、その為には砂防施設を建設しなければならない。と仰る!
そして、十勝川流域砂防技術検討会の諸氏は、その主張に「技術的お墨付き」を与える。
検討会に提出される資料は、全て建設コンサルタント会社が作成する。その中身と根拠としているものは、航空測量データとコケ脅しの難解な数式だけである。
その結果は、日本建設業連合会(日建連)に加盟する諸社の業績に表れる。
日建連は国交省出身の国会議員のスポンサーである。この構図から、あの巨大堰堤は表れてくる。
巨大堰堤で一番大きな利益を上げるのは生コン会社である。大きければ大きいほど利益が出る。
この単純な仕組みには彼らも気付いていない訳がない。
それが担当職員の早々の交代劇になる。直接の担当治水課長で当地での任期はわずか1年である。河川事務所の職員でさえ2年から3年である。これでは担当者も責任の持ちようがない。 表向きは建設業者との癒着の防止であると言い、そしてあらゆる現場を経験させるためと言うが、本当の理由は不正の内部告発をさける為であろう。 開発局の不正事件が表に出てくるのは殆どが内部からの告発である。
これではダムの建設は永久に終わらない訳である。
このような構図は、ひとり国交省に限った事では無い。残念ながら他省も同様であることは論を待たない。
いずれにしても、今後は既設のダムの効用.効果をしっかり検証することである。
国交省が絡む過去の不祥事
ネット上では80件の項目が挙げられている。
そのうち11件が北海道開発局絡みである。
直近の事件では「知床観光船沈没事件」である。
国交省の様々な査察不備が指摘されているが、それぞれの担当部署に、もっと責任感があったなら防げた事件である。
常総水害訴訟で国の河川行政の怠慢を指摘する判決が出される!
水戸地裁は常総市の水害を「人災」と認める!
2015年9月に鬼怒川水害被害者から水戸地裁に起こされた訴訟で、国の責任を認める判決が2022年7月22日言い渡された。
今までは、「国を免責した大東水害最高裁判決(1984年)」が立ちはだかり、水害裁判は、この判決以降、改修途上河川の裁判の殆どで国を免責し、住民の訴えがみとめられることは無かった。
ここで重要なのは、大東水害判決以前は建設省(現在の国交省)が水害訴訟で負け続けていたのであるが、同省はその状況を変えようと、新たに「国を免責する河川管理瑕疵に関する基準案」をまとめ、最高裁事務総局に持ち込み、84年判決が導き出された事である。堤防決壊を防ぐ技術開発は75年から建設省土木研究所によって取り組まれ、00年6月には巨額の予算を必要としない堤防強化の「耐越水工法」が発表されていた。しかし、02年の「河川堤防設計指針」では、それが削られてしまったのである。すなわち、最高裁をも巻き込んだ国ぐるみの河川行政の捻じ曲げである。
その後、2018年、その問題が国会で取り上げられ、再度「耐越水工法」が復活した経緯がある。この「耐越水工法」が消されなかったら、その間の堤防決壊水害は大部分が防げたはずである。
急がれるのは、人の生活圏に存在する多くの河川堤防の強化である。国交省の発表によれば、「国が管理する河川の堤防整備率は毎年改善されてきており、18年度は68.2%になっている。」とされている。しかし、読売新聞2022.6.30のネット・ニュースには「1級河川の堤防無し、そして不十分は3割である。この水準は7年前とほぼ変わらず、対策は急務である」とある。つまり18年度以降はひとつも改善されていないということになる。
その根源には、建設業業界に後押しされた大きな予算が動く河川上流部のダム推進政策にある。
もちろん、戸蔦別川砂防堰堤計画も例外ではない。
帯広開発建設部は、都市部の河床上昇を抑える必要がある、その為には上流域堆積土砂の下流への流失を防ぐ砂防堰堤の建設が不可欠であると主張する。上昇分を浚渫するとは言わない。それでは動く「お金」が少ないからである。予算の無駄を省くという発想は無いのである。
この後、この異常気象の中で上流域にどれだけの降雨があるのか、だれも予測は出来ない。2016年の台風10号が日高山脈国境周辺部にもたらした72時間800mm超の降雨量が一つの目安になるが、上流域の砂防ダムの建設だけでは被害は抑えられないのは明らかである。2016年の被害は上流域に存在する人造物に集中している。すなわち、無くとも良かった構造物が破壊されているのである。
今やるべき事は、都市部に存在する構造物の更なる強化である。そうでなければ、また同じ被害がもたらされるだけである。
戸蔦別川4号ダム 今年度の
生コン打設個所
斜線部分は昨年度までの終了部 赤色部分が今年度分 白地部分は来年度以降
今年度分:生コン2,988㎥ (アジテーター車747台分)

戸蔦別川に纏わる物語
「 縄文の斧 」
縄文時代の石斧の材料である
青トラ石(緑色片岩)
を求めて旅立つ
兄弟二人のものがたりである。
舞台は八千代A遺跡を出て、平取町額平川を経、三内丸山遺跡を通り、新潟県
糸魚川市姫川に辿り着く壮大な縄文ロマンである。
24
「・・・鏃の石はどうだ・・・」
「・・・八千代のムラの石とも、なんだか違うような気がする・・・」ナンはムラの男から見せてもらった鏃を、透かし見ながらいった。
「・・・黒曜石なら、ここの川原に幾らでもある・・・」ムラの男は直ぐ下にある川を指しながら言った。
「・・・この上流のどこかに露頭があるんですか・・・」
「・・・いや、そこまでは我々も分からない・・・」
「・・・ここにはあまり大きな石はないが、鏃や削器ぐらいは充分間に合う・・・」
翌日、日の出とともに二人は出発した。やがて、左手から合流して来るトノカリウシュベツ川出合の手前にあるチカベツのムラで、重要な情報に接したのである。
この先、左から二本の函沢が入ってくる。その先で本流にも函が現れてくるが、今はまだ雪解け水が多いのでその中は通ることが出来ない。長い高巻きになるだろう。そのまま左岸伝いに上流に向かうと、やがて右岸に湯煙が見えて来る。その辺りに、更に高みに上がる道がある、と言うのであった。
「・・・巻き道があるからそれを見つけることだ・・・」ムラの男が言った。
出合を過ぎると谷は急激に狭まり、徒渉が難しくなって来たので、二人はそのまま左岸伝いに溯ることにした。意外に時間が掛かり、ムラで聞いてきた函に着いた時は真昼に近かった。
「・・・この水量では、この山には、まだまだ雪が多いようだな・・・」
「・・・水も戸蔦別川より冷たい気がする・・・」
巻き道は難なく見つける事が出来た。その踏み跡は古くから歩かれているのが窺えた。
それからは、まばらに続く踏み跡を辿った。やがて前方が少し開けて来て、微かに湯煙らしきものが見えて来た。
「・・・どうやら着いた様だな・・・」
対岸を見やりながら進んで来ると
「・・・あそこに丸太が架かっている・・・」目敏くナンが言った。
両岸を行き来し易い様に橋が渡されていたのである。
「・・・見てみろ・・・鋭い切り口だ・・・」レンが丸太の木口を見ながらいった。
「・・・この丸太だと・・・4人掛かりだね・・・」
「・・・向こうに小屋掛けがつぶれている・・・」
「・・・誰かが暮らしていたんだ・・・」
辺りは地熱で土が乾いていた。一帯は、川面から2m程の高さがあり水を被る事はない様であった。小屋から30m位の所に湯煙を上げている源泉があった。それは、今の「沼の
つづく
